ひとりごと
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先日、お魚屋さんのお客様から聞いた話ですが、
養殖の鯛と天然の鯛では
さばく時に全然違うそうです。
養殖の鯛は生きる事をすぐにあきらめるので
簡単にさばけるそうですが、
天然の鯛はさばく時に大変な力がいるそうです。
簡単には死ぬもんか!って
最後まで抵抗がすごいそうです。
当然、生きるエネルギー(氣)の強い
天然の鯛の方がおいしいですね。
そこで、鯛の人生について考えてみました。
養殖の鯛は比較的穏やかな海で、
定期的にえさをもらえてまあ、楽な人生ですよね。
そのかわり、行動範囲は網の中だけ。
敵に襲われる事もありませんが恋をすることもない。
それに比べて、天然の鯛は
敵に襲われたり、激しい潮の流れにも
耐えなければならない。
えさも自分で探さなければならないし
喧嘩もするでしょう。
苦労の連続です。
でも、恋をしたり好きな所へ行けたり、自由な人生を送れます。
で、どちらが幸せなんでしょう?
あの、最後まで生きようとする「氣」は
どこから生まれたのでしょう?
最近、私達は楽にそこそこの人生を送りたいと思っていますよね。
私もそうですが、
これって養殖の鯛の人生ですよね。
激しい波など、
人生の苦しみがある天然の鯛の方が、
実は、幸せな人生ではないのか?って
思ったんです。
本当に目からウロコです。
養殖の鯛と天然の鯛。
貴方は人生を終わる時にどちらの人生が幸せだと思いますか?
最近、お客様を無視した表示偽装が相次いで発覚しました。
一流(?)ホテルに始まり、デパート、宅急便、薬のデータ・・・
そう言えば、以前にも米、肉などがありましたね。
テレビを見ていると、
何を信じて良いのやら分からなくなりました。
人は信用が一番大事だと思うのですが、
今の日本はどうなってしまったのでしょうね。
私には19歳になる娘がいます。
日本の法律では20歳になれば大人です。
もうすぐ大人になる娘に親として大人として、
目先の利益を追い、
ずるがしこく生きるのが要領のよい生き方だよ。
なんてとても恥ずかしくて言えません。
私は戦後数十年でここまで頑張ってきた日本を誇りに思いますし、
日本人で良かったとずっと思っています。
また、誠実に生きて来た事を変える事も出来ません。
皆さんも日本人の誇りをもって
正しく正々堂々生きて行きましょうよ。
正直者が馬鹿を見る世の中は間違ってますよ。
私の不注意で左足を怪我して歩けなくなり、入院中にふと気づいた事がありました。
人は歩く時(一歩前進する時)に、
相棒であるもう一方の足に
全体重を預けなければなりません。
相棒を信じられなければ
安心して足を宙に浮かすことが出来ないのです。
そうでなければ、松葉杖、
つまり本来の相棒以外の別の相棒を見つけるか、ケンケンですがこれは五歩も飛ぶと、もう前には進めませんね。
良く夫婦は二人三脚と言いますが、
二本の足がまるで良い夫婦のようですね。
互いを信じるからこそ前へ進める。
そして、
私の左足が窮地に陥った時の右足の頑張り。
本当にありがたいです。
いつもの何倍も頑張ってくれている右足君、
本当にありがとう!!
先月9月13日の金曜日、やっちまいました・・・
ダイエットしようと思い、近くの体育館でバドミントンを始めたんですが、いきなりその日の終了間際にアキレス腱を切ってしまいました。
その瞬間は痛かったのですが、10分ほど「氣」を入れると痛みが無くなり、歩けたのでアキレス腱切れに全く気付かず、その後体育館の後片付けをし、普通に仕事をし、階段も上がり、風呂では足首を動かしていたのです。
翌週の木曜日19日に
少し腫れがあるので湿布でも貰おうと、
軽い気持ちで整形外科を受診すると
まさかのアキレス腱の完全断裂との診断。
全治4か月!だって。
「じぇじぇじぇー」だって歩けるし痛くもないのに?
念の為にMRI検査をしましたが、1センチは開いていて、医師からここまで一人で歩いて来たの?普通は体育館から救急車で運ばれて着ますよ。との事。
ともかく、やっちまったものはしょうがない。
その後、アキレス腱断裂から2週間後の9月27日に手術。11日後の10月7日に退院しました。
その後、装具を付け、松葉杖での退院でしたが、2日後の9日から仕事に復帰。
自分でも「氣」を入れていますが、おかげさまで日に日に良くなって来て、10月20日からは装具も付けず普通に歩いています。
手術前にネットで調べましたが、どうやら手術後1か月以内で普通に歩けたりはしないようですね。リハビリの先生も20年の経験で最速だと笑っていました。
確かにまだ腫れがあり、完全な足首の状態ではありませんが、生活には全く困っていません。
たまたま、腕の良い医師や看護師、リハビリの先生に出会い、私が「氣」を使え、本当についてる人間だと思います。
昨年の膀胱がんに続き、今回のアキレス腱切れ。
私が身をもって「氣」のすごさを感じています。
人の身体の中には貴方以外に
別の意思(細胞)があります。
元気になるにはその細胞を
やる気にさせれば良いのです。
例えば、貴方の頭で考える意思は社長です。
会社組織で言うと製造や営業、宣伝などの
多くの部署がありますよね。
そして、そこには人(社員)がいます。
その人達をやる気にさせれば部署が元気、
会社全体が元気です。
この部署が、
人の心臓や胃、肝臓などにあたります。
そして、社員にあたるのが細胞です。
社長である貴方が「つらい」「調子が悪い」・・・
と言ったら、
それを聞いている社員にやる気が出ますかね?
そうだ、社長の言うとおり、自分は調子が悪いんだ、
元気がないんだ、病気なんだと思うでしょう。
社長が元気でなければ社員はついて来ません。
嘘でもよいから、
「俺は元気だ」「幸せだ」「絶好調の人生だ」
と口に出して言って下さい。言い続けてください。
それを毎日聞いている身体の細胞は「そうだ!」
と思うでしょう。
ことだま「口に出す言葉」には力があります。
人を殺すことも、救うことも出来ます。
そして、自分自身を救うことも出来ます。
良い方向へ自分をだましてでも
元気になりましょうよ!!
「薬」人類が作った素晴らしい発明です。
今では、ほとんどの日本人が
世話になっているかも知れません。
でも考えてみてください。
そもそも、一つの症状にだけ効く薬なんて
ないんです。
つまり、副作用というやつ。
ですから、良かれと思って飲んだ薬が
思わぬ事になる事だってあるんですよ。
それも、複数の薬を飲んだり注射した場合、
一人一人の体質や体力の違いにより、
誰にも原因すら分からない事になる事も
あるんです。
今でも、国が認可した薬なのに一生苦しむ事になった人も沢山います。
当院にも、
時々薬の副作用に苦しむ患者さんが来られます。
でも、その為にまた薬を飲む悪循環に陥ってしまう。
そして、新たな病気や体温の低下で抵抗力の低下を招いてしまう。
人には健康になる力(自然治癒力)が
備わっています。
正しい食事、運動、感謝、気力などで、自然に排出されると思っています。
神様が作ってくれた自分の身体を信じて、
必要以上の薬を飲むのをやめてみませんか?
目標は薬をゼロにする。
本来人に薬なんていらないんじゃないかと
思っています。
言葉は目に見えません。
しかし、人を元気づけられたり、傷つけたりできますよね。
言葉にはすごい力があります。
もしも、言葉が目に見えたら・・・
人の悪口や、マイナスの言葉を言う人が居たとして、その人の部屋に入ったとたん、びっくりして思わずドアを閉めたくなるでしょう?
逆に、良い言葉や前向きの言葉が部屋いっぱいにあふれていれば、気もち良いですよね。
目には見えなくても、言葉の波動はあります。
日頃から良い言葉、前向きの言葉を言う人の回りにはオーラのように気持ち良いものがありますし、悪い、汚い言葉ばかりを言う人の回りにはあまり良い波動が無く、近づきたくありません。
ひょっとしたら、運の良い人と悪い人の差はここからくるのかもしれませんよ!
最近、ふと思った事があります。
私は下関の街に50年も住んでいます。
小学校から高校まで下関の学校です。
その後25年も
下関の会社(約600人の社員が居ました)で務め、
それから子供が4人いて
子供の関係の知り合いもいました。
そして、整体師となり
数百人も知り合いになりました。
なのに、たまにスーパーやショッピングセンター、祭りなどへ行ってもほとんど知り合いに会いません。
50年も住んでいて、多くの知り合いがいるつもりでも、こんな小さな下関の街のほんの一握りしか出会っていないのです。
当院のお客様にしても北九州市や宇部市山口市などの遠方からも来て頂いていて、当院から近い所(長府の街)から多くの来院がある訳ではありません。
つまり、人は出会う必要のある人がそのタイミングでしか出会わないと思うのです。
今まで出会った方々は皆、私に必要な方々でしたし、出会った方々も私に出会う必要があったということです。
そして、出会いによって人は学んで行くのです。
神業ですよね!
生きるって、心臓が動いている事だけでしょうか?
もちろん心臓が動いていない人は、
死んでいる訳ですけどね。
それだけでは無いと思うんです。
私は、人は経験や感動する為に
生きていると思っています。
人は心と体が両輪で動いて初めて進める訳です。
片方でも動かないと前えは進めません。
生きるとはそういうことです。
私の知り合いに90代の女性がいます。
入院していて
ベッドから起き上がる事も歩く事も出来ません。
彼女の今の人生は
ベッドの上から見える風景しかありません。
身体の事はもちろん大事ですが、
たずねて来た人には、
外の世界の話をしてほしいなと思うんです。
どこどこの桜が咲いてきれいだよーっとか、
こんな事があってうれしかったーとかね。
あと、昔の話をするのも良いですね。
人は必ず死にますが、
その瞬間まで感動していたいものですね。
2013年3月1日末っ子の娘が高校を卒業しました。
私には4人の子供がいて、小、中、高校で何度も卒業式に参加しましたが、その中で一番感動した卒業式でした。
娘の高校は田舎で、木々に囲まれています。
クラスも2クラスしかなく、科が違う為1年から3年まで同じメンバーでとても絆が強いです。また、担任の先生も3年間同じ先生でした。
まず、卒業式の送辞の2年生の言葉が感動的で涙を誘うとても素敵な送辞でした。答辞も先生や親への感謝の言葉もあり、とても良かったです。感動的な卒業式でした。
そして、最後のホームルームでの事です。
突然、担任の先生が生徒一人づつに前へ出て、3年間の想いを伝えるようにと言ったのです。
初めは、「えー」とか言っていた子供たちでしたが、クラスの仲間や先生、親への感謝と思い出を伝え始め、男子も含め半数以上の子供達が、美しくて綺麗な涙を流しながら語ってくれました。
恥ずかしながら、実は娘がこの学校を選んだ時の理由が制服がかわいいと言う事だったので、あまりこの学校の良さを分かっていませんでした。
しかし、この卒業式とホームルームを見て、本当にこの学校に入って良かったんだなと思いました。
担任の男性の先生はずっと涙しておられて、まるでドラマの「金八先生」のようでした。
当院にも先生方が来られますが、学校が辛いといわれる方が多いです。
その中で、このクラス、40人+1人(先生)の41人の絆は感動的でした。
また、式後雨の中で大きくなった息子と恋人のように相合傘でニコニコと帰って行くお母様を見て本当に心が温かくなりました。
山口県立田部高校の皆さん本当に最高の卒業式をありがとう。
そして卒業おめでとう!
最後に、今年卒業した全国の皆様へ
これから先、楽しい事や嬉しい事、ちょっとだけ辛い事もありますが、貴方たちは幸せになる為に生まれてきました。
是非、幸せになって下さいね。
ご卒業本当におめでとうございます。